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高松高等裁判所 昭和51年(う)194号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、記録に綴つてある弁護人仙谷由人作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、高松高等検察庁検事〓井昭雄作成名義の答弁書に記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

一  事実誤認の点について

(一)  所論は、まず原判決は本件において武山将博庶務課長(以下、武山課長と略称する。)のなした庁内立入禁止及び退去命令は有効である旨認定しているが、日本専売公社徳島地方局社内取締規程(以下、規程という。)等によれば同人にはこれらの命令を発し得る権限はないことが明らかであるから、この点において原判決には事実の誤認がある、旨主張する。

そこで、所論引用の規程等関係規定によると、日本専売公社徳島地方局における不動産及び工作物(以下、社内という。)取締の管理者は総務部長とされ(規程五条)、同管理者は社内の秩序を維持するため必要があると認めたときは、立入禁止命令を発することができ(同三一条)、また社内で多数集合し、放歌高唱し、あるいは業務の妨害をし、その他社内の秩序をみだすような行為をする者に対しては退去命令を発することができる(同三二条)と規定されているほか、一般の例にならい、部長に事故があるときは、部長代理がその職務を代理し、また部長及び部長代理に事故があるときは、主務課長がその職務を代理する(同局処務細則七条一項)旨の法定代理制も設けられているところ、原判決挙示の関係証拠によると、本件犯行のあつた昭和四五年三月七日は地方局長及び総務部長が出張不在であつたため佐野禎総務部長代理(以下、佐野部長代理と略称する。)がこれらの権限を掌握し、同人のみが庁内の立入禁止及び退去命令を発し得る立場にあつたことは、所論のとおりである。

ところが、原判決はその前日佐野部長代理主催のもとに開かれた対策会議において、同人は他に重要な用務があつて現場に立会うことができないため、当日の現場責任者を武山課長と指定し、一定方針のもとに同人の判断で立入禁止等の命令を発することができるよう、同人に権限の委譲をしたものであつて、この程度の権限の委譲は許されてよい旨説示し、これを論拠として本件当日武山課長がなした立入禁止及び退去命令は有効であると判示している。原判決のいう「権限の委譲」とは、権限の委任と同義であつて、当該権限が委任の限度において受任者に移転し、委任者のそれが消滅する意味に解するほかはないが、原判決挙示の関係証拠によるも佐野部長代理がそのような趣旨で職務多忙を理由に社内取締の管理者としての権限を武山課長に委譲したと認めることは相当でない。もつとも、証人佐野禎の原審公判における供述によれば、本件において、当時佐野部長代理は人事異動、工場の廃止・新改築等の問題で非常に多忙であつたことがうかがえるけれども、これをもつて同処務細則七条一項にいう「部長代理に事故があるとき」に該当するとはいえない(「事故があるとき」とは、病欠、旅行などのため職務を行うことができない場合をいうものと解するほかはない。)から、同条同項の代理規定に基づき武山課長が佐野部長代理の当該権限を代行することができると認めることも困難である。そうしてみれば、原判決が武山課長のなした立入禁止等の命令の有効性を認める理由として同人に前記のとおり権限の委譲等があつたと判示したのは事実を誤認したものといわざるを得ない。

しかし、証人佐野禎、武山将博、明神孝友、浜口幸二の各原審公判における供述によれば、本件当日佐野部長代理は日本専売公社徳島地方局庁内の総務部長室において、社内取締管理の総指揮にあたり、自ら又は連絡係を通じ被告人ら多数の職場反戦メンバーによる違法行動の状況を認識把握していたことがうかがわれること。これに先だち同局においては原判示のように昭和四五年二月七日と同月二八日の二回にわたり、職場反戦メンバーによる規程違反の庁内侵入に直面しいずれも退去命令を発したが、その実効があがらなかつた経緯もあつたため、佐野部長代理は本件当日に予想されるその者らによる不当処分撤回等要求デモに際しては、その対策に遺憾のないよう、その前日の三月六日武山課長ら関係職員を招集して対策会議を開き、協議の結果、当日の行動として、平穏な面会陳情の場合は、所定の手続をとらせた上その面会許否は佐野部長代理が決定する。もし、これまでのようなデモによる庁内侵入の事態が発生した場合は、武山課長において、規程に基づき直ちに立入禁止等の命令を発して措置すること。それでもなお収拾がつかないときは、警察官の出動要請をすることなどを決め、佐野部長代理がその総指揮をとり、そのもとに警告班、現認班、連絡班を編成し、退去命令文も同人の決裁を受けてあらかじめ用意されていたことが認められ、これと佐野部長代理自身が原審公判において、本件対策会議で武山課長に対し規程違反の事態が発生した場合は立入禁止等の命令を出してよろしいと命じておいたけれども、これは権限の委譲とか権限の委任ではなく、そのような事態が起きたときは間髪をいれずに命令を出さなければ意味がないので、そういう状態になれば命令を出してよろしいとあらかじめ条件付で命令を出してあるわけである、旨供述していることを総合すると、本件対策会議において佐野部長代理が武山課長に与えた指示の内容は、要するに規程違反の事態が現出したときは上司の指揮を待つまでもなく、直ちに立入禁止及び退去命令を発して臨機の措置をとるよう条件付命令を出したものであつて、同人に当該権限を委譲したものとは認められない。なるほど、このような条件付命令がむやみに許されるときは受命者の不法不当な判断により一般人が不利益を受けるおそれがないとはいえないけれども、本件の場合受命者の判断事項は明白な現行犯的事実であり、特に受命者は社内取締の責任者である庶務課長であつて(規程六条)、この種の実務にも慣れている上、前述のように指揮者も受命者もこれまで二回にわたり当該事態を経験しているので、双方においてその判断に食い違いを生じ、あるいは受命者において判断を誤るおそれはないものと認められる。従つて、このような事実関係のもとにおいては、社内取締の管理権者が予想される違法状態の発生に備え、社内取締の責任者に対し事前に条件付命令を出しておくことは許容されて然るべきである。また、関係証拠によつて認められる本件当日の客観情勢をみると、被告人は原判示の者ら多数と共謀の上、隊伍を組み、ヘルメツトをかぶり、笛を合図に掛け声をかけながら、旗を押し立て正面玄関から管理者側職員の制止するのを強行突破して故なく庁内に乱入したものであり、更に庁内においても多数集合し、放歌高唱し、延いては公社の業務を妨害するなど著しく庁内の秩序をみだす行為をしたことが明らかである。このような被告人らの行動は、畢竟佐野部長代理が立入禁止及び退去命令を発するよう指揮した場合に該当することも明白であるから、武山課長が被告人ら多数の者に対し同命令を出したのは正当であつて、このことは取りも直さず上司である佐野部長代理の指揮命令をその手足となつて発布したものにほかならないから、前記規程にも違反せず、適法有効と認めるべきである。

このようにみると、原判決に所論指摘のような事実の誤認があつても、武山課長のなした立入禁止及び退去命令を有効であると認定した原判決は結論においては正当であるから、判決に影響を及ぼすべき事実の誤認にあたるということはできない。従つて、論旨は採用できない。

(二)  所論は、本件において武山課長ら管理者側職員のなした庁内立入禁止の措置は、被告人らに対し刑事・懲戒処分を受けさせるために仕組んだ仮装のものであり、何ら刑法一三〇条前段の法の保護に値しないものであるにもかかわらず、原判決はこれを看過して被告人に対し建造物侵入罪の成立を認めたものであるから、この点において原判決には事実の誤認がある旨主張するのであるが、原審記録及び当審における事実取調べの結果を検討してもこれを疑わしめるような証拠もなく、その他所論につき原審及び当審で取り調べた証拠を精査してみても原判決の事実認定を左右する事由は発見できない。従つて、この点の論旨も採用できない。

(三)  所論は、原判決が認定した、被告人の建造物侵入行為及び公務執行妨害行為の態様・程度は、採証の法則を誤りいずれも過重に事実を認定して誤認した旨主張するのであるが、原判示各事実はその挙示する証拠(但し判示第四につき更に証人近藤匡徳の原審公判における供述を加える。)により充分に認めることができ、その採証に格別経験法則に違背するような点も発見できず、所論のような事実の誤認は認められない。従つて、この点の論旨も採用できない。

二  理由不備の点について

(一)  所論は、弁護人が原審において公社職員明神孝友及び武山課長の原判示各行為は刑法九五条一項において保護さるべき適法な職務にあたらない旨主張したのに対し、原判決は何らの判断を示さなかつたものであるから理由不備の違法がある、旨主張するのであるが、所論の指摘する弁護人の主張のごときは刑訴法三三五条二項所定の事実にあたらないからその判断を判決に示さなくても理由不備の違法があるとはいえない。従つて、所論はこの点においてすでに失当である。なお、原判決に記載された公務執行妨害の罪の事実、証拠の標目及び法令の適用をみても同条一項の有罪判決に示すべき理由として欠けるところがない上、「弁護人の主張に対する判断」の項中、第二及び第三において所論の点を含めて正当に説示されている(但し、第三の記載中、「武山庶務課長が当日退去命令を出す権限を適法に佐野総務部長代理から授権されていたことは、立入禁止命令のところで詳細に認定したところと同じ理屈である」との部分を除く。)から、原判決にはいささかも理由不備の違法は認められない。

三  法令適用の誤りの点について

(一)  所論は、まず公社職員明神孝友及び武山課長は刑法七条一項、九五条にいう「公務員」にあたらず、また同人らが被告人に対し庁内立入りを阻止又は排除し、あるいは武山課長が退去命令文を提示などした行為は、同法九五条一項において保護さるべき適法な職務の執行ということもできないのに、原判決は被告人に対し公務執行妨害罪の成立を認めたものであるから、原判決にはこれらの法条及び日本専売公社法一八条の解釈適用を誤つた違法がある、旨主張する。

よつて検討するに、日本専売公社法によれば、公社の役員(一〇条)及び職員(一九条)は法令により公務に従事する職員とみなされ(一八条一項)、また職員の降職・免職・休職・懲戒及び服務規準については国家公務員に準じて厳格に規律され(二二条ないし二五条)、その労働関係に関しては公共企業体等労働関係法の適用を受けるものとされている(二六条)。このようにもともと国家公務員にあらざる公社役職員(日本専売公社法一八条二項参照)の身分関係につき、同法が国家公務員に準ずる取扱いを定めて、厳格な規制を加えようとする立法の趣旨は、帰するところ公社が、たばこ専売法及び塩専売法に基づく国の専売事業を行うほか、たばこ耕作の許可・製造たばこ小売人の指定・同取消(たばこ専売法四条、二九条、四三条)、塩の製造許可・塩元売人、小売人の指定(塩専売法六条、二三条)等の行政行為をも行う公法人として政府の全額出資により設立され(日本専売公社法一条、二条、四条、四条の二)、その専売事業による利益金は国庫に納付すべきものとされている(同四三条の一三)など公社事業の公共的性格が極めて強いことにかんがみ、これらの事業に携る役職員の適正な職務の執行を確保する必要があるためとみたからにほかならない。そうしてみれば、公社の役職員が刑法七条一項、九五条にいう公務員に該当することは明白であり、その職務の執行にあたり暴行又は脅迫を加えたものについて公務執行妨害罪が成立することは多言を要しないところである。また、本件において明神孝友及び武山課長の所論指摘の行為が上司の指揮命令に基づく適法な職務と認められることについても前述したとおりであるから、原判決に所論のような違法は認められない。従つて、この点の論旨も採用できない。

(二)  次に、所論は、被告人の庁内立入行為並びに明神孝友及び武山課長に対する行為はいずれも実質的違法性を欠いているから罪とならないものであるにもかかわらず、原判決は被告人に対し建造物侵入罪及び公務執行妨害罪の成立を認めたものであるから、原判決には刑法一三〇条前段、九五条一項の解釈適用を誤つた違法がある旨主張する。

しかし、原判決がその挙示する証拠により確定した事実によれば、判示第一の事実においては被告人は同判示の者ら多数と共謀の上、たとえ所論のような正当な目的があつたとはいえ、多数の公社職員が勤務中の庁舎内へ隊伍を組み、ヘルメツトをかぶり、笛を合図に掛声をかけながら旗を押し立て、正面玄関から管理者側職員の制止を排除して庁内へ故なく乱入したものであり、また判示第二ないし第四の事実においては庁内において多数集合し、放歌高唱し、延いては公社の業務を妨害するなど、異常な周囲の情勢のもとに、被告人は明神孝友の胸元をつかんで強く引つ張りかつ前後に揺さぶり、また武山課長の背広の襟をつかんだまま三メートル位突き押し、更に退去命令文を貼り付けたプラカードを示すなどしていた同人に飛びつき、プラカードを奪い取つた上これを引きちぎつて廊下に投げつける等の暴行に及んだというものであつて、その手段並びに発生した結果はいずれも軽微といい得るものではなく、特に法秩序全体の立場からすればこれら被告人の行為が実質的違法性を欠くものであるとの所論は採用できない。

以上説示したとおり、本件控訴はいずれの点においても理由がないので、刑訴法三九六条、一八一条一項本文により、主文のとおり判決する。

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